夢を見た。
幼い頃の、大切な人と別れた時の夢を。

走る、走る、走る、時々転びそうになりながら、少年は走り続ける。
橙色の髪の少女の前まで来ると、少年は急停止した。
「ルイ」
「エレナ!居なくなるって本当!?」
「うん」
エレナは泣かない様に、唇を噛み締めた。
そんなエレナにルイは笑い掛ける。
その瞳は、微かに涙が滲んでいた。
「きっと、また会えるよ」
ルイがエレナの掌に載せたのは、桃色の星の飾りで、ルイの手にあるのは、青い星の飾りだった。
「これを持ってる2人は、また会えるって言うお守りらしいよ」
「ルイっ!」
エレナはルイに抱き付くと、声を押し殺して泣き出した。

異体同心

「エレナお姉ちゃん」
エレナがぼんやりとしていると、誰かに袖を引かれた。
「今遊べる?」
それはエレナが白拍子をしている店の子供だった。
「大丈」
エレナの言葉の途中で、店に悲鳴が響き渡る。
「何だ、此処には何も無いか」
見知らぬ男が呟きながら、部屋に入って来る。
先程の悲鳴から考えると、只の客ではないだろう。
「エレナお姉ちゃん」
エレナだって怖い。
何の武器も、身を守る術すら持たないのだから。
だけど自分にしがみ付いて震える子供を見れば、怯えて等いられない。
子供を自分の後ろにやると、震える足で立ち上がり、微かに怯えを含んだ瞳で、だけど男を睨み付ける。
「この子には、指1本触れさせない」
「ほう?良い度胸だ」
男が刀を抜いた時、後ろから声が掛かる。
「待て」
「何故止めるんですか!?お頭!」
男の後ろから来たのは、銀の髪の青年だった。
エレナは一瞬見惚れるが、そんな自分を振り払おうと顔を振り、今度は青年を睨む。
すると青年はエレナに近付いて来た。
エレナは思わず後退りそうな足を、懸命に踏み締める。
せめて気持ちは負けないと、視線だけは逸らさない。
「・・・お前達、俺は先に帰ってるぞ」
青年は言うなりエレナを抱き上げると、部屋を飛び出した。
抵抗する余裕も無いほど茫然自失のエレナの耳に、遠ざかる子供の泣き声だけが響いていた。

「いい加減降ろしなさい!何なのよ!何故あたしを攫ったの!?」
我に返ったエレナは暴れ様とするが、その前に地面に降ろされる。
そしてこれは好機到来だと走り出そうとするが、直ぐに気付いた。
何処を通って、この家まで来たのか見てなかった事に。
「うちの盗賊団に入らないか?」
エレナは青年の言葉に驚いて、後ろを振り返る。
「あんな所に居たって事は、大方借金でも有るんだろう?此処なら直ぐに返す事も出来るんじゃないか?」
「確かにそうかもしれないけど」
エレナは瞳を閉じると、ある顔を思い浮かべる。
何時も心配してくれる両親に、懐いてくれる幼い弟。
あんなに優しい家族を悲しませる様な、そんな方法は取りたくない。
それに、幼い頃に別れた幼馴染。
もう1度会えた時、胸を張って会える、恥ずかしくない自分で居たい。
「あたしは、皆に誇れる方法で返したいから」
エレナは瞳を開けると、誇らしげに微笑んだ。
「それは残念」
そう言う青年は、言葉とは違い、楽しそうだ。
「俺の名は、オーティスだ」
オーティスは訊いてもいない事を言われて困惑するエレナの顎を掴んで、顔を覗き込む。
「逃げたければ、逃げれば良い」
オーティスは言葉を止めると、にやっと笑う。
「逃げられるの物ならな」
オーティスが部屋から居なくなった瞬間、エレナはガクッと膝を付き、震える体を抱き締めた。
確かにオーティスの言うとおり、帰り道すら判らない自分が、盗賊などする程の力を持つ相手に逃げ切れるとは思えない。
エレナは悔しくて、唇を噛む。
だけどそれで諦めるほど、エレナも大人しくは無い。
結局その日1日だけで、10回以上も逃げては連れ戻されるを繰り返した。
もう逃げる体力が無くなり、部屋に寝転んでいたエレナは、空に満月が昇っている事に気付く。
「ルイ」

日が落ちる頃、妖怪に金の髪の少女が追われていた。
崖へと追い詰められた少女は、それでも少しの焦りも見せない。
「ロゼ!」
叫ぶ様な声と共に、妖怪が切り伏せられる。
妖怪の向こうから現れた姿に、ロゼは嬉しそうに微笑む。
「来て下さったのですね、ルイ」
「当たり前です。俺は貴方の護衛ですよ?だから1人で出掛けるのは止めて下さい」
ルイはロゼの手を掴む。
「今の内に逃げますよ」
そしてロゼの手を引きながら走り出した。

ルイとロゼの出会いは、ロゼが13の時に遡る。
ルイが検非違使に入ったばかりの頃、突然呼び出された。
「貴方に私を守って頂きたいのです」
「守るとは、何からですか?」
「妖怪からです」
ルイは瞳を見開く。
ロゼの話によると、今年から妖怪に襲われる様になったらしい。
「それならもっと強い方か、陰陽師に頼んだ方が良いのでは?」
「いいえ。貴方が良いんです。つい最近、予言をされ、貴方が私を守る存在だと、そう言われました」
勿論、貴方には断る権利があります。これはとても危険な仕事ですから」
ロゼはルイの前に、1本の刀を置く。
「この刀は、霊力の無い人間でも、妖怪を滅する事が出来ます。引き受けて下さるのなら、刀を受け取って下さい」
ルイを見詰めるロゼの瞳は、何処までも真っ直ぐだった。
ルイは少しの逡巡の後、刀を手に取る。
「お受けします」
正直言うと、自分に守りれるか自信は無い。
それでもこの春の日差しの様な少女を守りたいと、自分は確かにそう思っている。

「もう大丈夫みたいですね。だけど一応見回って来ますから、先に中に入っていて下さい」
「判りました。だけど、気を付けて下さいね?」
「はい」
ルイはロゼが中に入るのを見届けた後、ふと空を見上げた。
何時も見ている筈の橙色に染まる空が、今日は何故だか気になる。
それはきっと、今朝見た夢のせいだ。
「エレナ」

此処3日程の何時も通りに、エレナは外へと逃げ出した。
だけど何時もとは違い、今日は人にぶつかり転んだ。
「す、すみません!」
慌てて言いつつ見た相手は、神主の格好をしていた。
「此方こそすみません。怪我はありませんか?」
エレナは呆けた様に神主を見ていたが、勢いよく立ち上がる。
「あたしを匿って下さい!追われてるんです!」
神主はエレナの真剣な様子に気付いたのだろう。
「判りました。付いて来て下さい」
何も聞かずに走り出した神主の後を、エレナも追い駆けた。

「お帰りなさい、ライオネル兄様」
「ただいま、ロゼ」
ロゼはライオネルの後ろを見ると、瞳を見開く。
「貴方は」
ロゼの言葉に、エレナは慌ててお辞儀する。
「は、始めまして、あたしは」
だけどエレナは言葉を続けるのも忘れて、ある1点を見詰める。
温かな土色の髪と、優しい月色の瞳の少年。
なにより着物に着けられた、青い星の飾り。
「まさか、ルイ?」
エレナの呟きを聞くと、少年、いや、ルイはパアッと顔を輝かせる。
「やっぱりエレナなんだ!」
ルイはエレナの前まで来ると、両手を掴む。
エレナは懐かしい笑顔と、触れた温もりに、胸が詰まって声が出なくなった。
泣きそうなエレナに気付いて、ルイはエレナを抱き寄せる。
エレナの瞳から、雫が落ちた。
それは昔と違い、嬉し涙だった。

おまけ

エレナは落ち着いた頃、改めて見たライオネルの顔がオーティスに似ている事に気付いた。
「あの、オーティスと言う名前、知ってますか?」
ライオネルは暫く考えた後、顔を振る。
「いいえ、知りません」
「だったら、他人の空似ね」
エレナはポツリ呟く。
同じ頃、何処かで誰かがくしゃみをした。

おまけ2

「ルイ。今年された予言に、あのエレナという人が出て来ました。どうやらあの人も、私の未来に重要な人の様です」
「エレナが?」
ルイは困惑気味に、呟く様に言う。
「はい。ですからあの人にも、私の近くに居て頂きたいのです」
「エレナなら、言えば直ぐに承諾すると思います」
その後言われたエレナは、ルイの言葉通り、殆ど2つ返事で承諾した。
その理由はと言えば、とても単純な事だった。
「助けて貰ったライオネルさんの妹さんだし、あたしとしても、仲良くなりたいのよ。
まあだけど、お金を稼ぐ時間は取らせて貰うけど」
エレナは晴々とした顔で、ルイにそう言っていた。

あとがき

平安パラレルなので、ルイ達の名前をどうするか迷いましたけど、結局そのままにしました。
因みにロゼに予言をしたのはヨハンナだったりします。
後、最初の方で出て来た子供は、検非違使に助けられてます。
それにしても、自分で書いてて何ですけど、まるでエレナが主人公ですね。
別に誰が主人公とも思わずに、最初に決めたおまけ以外の始めと終わりの間を、書きたいエピソードを交えて書いてたら、こうなってました。
エレナ関係に書きたいエピソードが多かったので、当たり前と言えば、当たり前なんですけどね。
所でこの小説は今の所、続きの予定はありません。
それではさようなら。
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© 2012 hune kuki.